恐れからの解放


2021年7月11日 メッセージ要約

ヨハネの手紙第Ⅰ 4章16~21節  *1


今朝は「恐れ」に焦点を当てます。

ヨハネの手紙第Ⅰが書かれた頃、教会は内と外の2つの恐れがありました。外の恐れは、ローマによるクリスチャンの迫害です。もうひとつ、内側の恐れはグノーシス主義です。聖書には「恐れるな」ということばが365回出てきます。

イザヤ書41章13節「恐れるな。私があなたを助ける」これはとても有名なことばです。

 今日の聖書個所にも「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。・・・恐れる者は、愛において全きものとなっていないのです。」

 聖書にはなぜ、「恐れ」のことについて多く記されているのでしょうか。それは、恐れと信仰が全く正反対のものだからです。恐れは信仰を破壊し、そして信仰は恐れを破壊します。神様は私たちが恐れに支配されることを意図しておられません。

不幸な出来事、痛み、貧困、孤独、嘲笑、失敗、死、等私たちは様々な恐れに囲まれています。これらのことを経験する時、恐れは私たちにこうささやきます。「昨日はついていなかった、今日はもっとひどい、明日はもっと悪くなる。あなたはこのことに関してどうすることもできない」と。


しかし、全き愛からくる信仰は私たちにこう、語ります。

「神は昨日もともにおられた。神は今日もともにおられ、これから後も永遠におられる。私は私を強くしてくださるキリストを通してどんなことでもできる。神がいるから私は生きている」と。


さらに、恐れは私たちの感じ方にも変化を与えます。それは私たちの外見、行動に影響を及ぼします。恐れが私たちを支配しているかどうかは、必要以上の緊張、怒り、落ち込みに襲われているか、いないかで分かります。さらに、問題や試練を耐えられないほど大きなものに感じてしまうか、どうかによって、分かります。その時、私たちは無理して作った明るさの仮面の下で歯を食いしばり、自分に対しても他人に対しても無意識の恐れを抱いています。ところが、私たちはそれに気がつかないか、あるいは意識することが出来なくなります。


一方、全き愛がもたらす信仰は恐れとは対照的です。


信仰は私たちに胸を張らせ、足取りを軽くします。どんな問題があろうと、100倍耐えやすく感じます。神が私たちを愛しておられ、私たちの身に起こるすべてのことを働かせて益としてくださることを信じることによって、理性も感情もずっとよく働きます。緊張から解放され、神経がリラックスしほほ笑むことが増えます。

信仰は私たちがどんな状況にあっても喜んでいることを可能にします。私たちは自分が好きになり、それゆえ人にも好かれやすくなります。


実は、私たちは「恐れ」か「愛による信仰」のどちらかに支配されます。そして、その選択を私たちは無意識に行っています。


もし、私たちが朝、目を覚まし、急いで仕事へ行き、そこでほとんど神様のことを考えることもなく過ごし、また、急いで家に帰ってテレビを見ながらくつろぎ、休む前に聖書のみことばを数節読むという生活をしているなら、残念ながら恐れから解放されることはありません。さらに、信仰が成長する機会をほとんど失っています。それでも、信仰は持っているのです。


恐れからの解放のためには、霊的な運動をもって毎日を始める道を見つける必要があります。


イエス様にあって私たちが持っている勝利を強調しているみことばを読むか、あるいは、朗読し、思いめぐらし、神様に祈り、黙想する等、

繰り返し、繰り返し、毎日、毎日行う必要があります。しかし、残念なことにすぐに、めったに続かなくなります。恐れからの解放のカギは「継続」です。


信仰はスポーツによく似ています。


議論が多いオリンピックですが、選手たちはメダルを目指して、毎日、毎日練習します。多分、毎日の練習無しにメダリストになる人は過去に一人もいないと思います。マラソン選手ならば、一日、20~30㌔は最低走ると思います。


私たちが、本当に恐れから解放されて、全き愛をいただくために必要なことは忍耐です。毎日、毎日みことばを読み、それを生活の中に受肉すること以外に恐れから解放されることはありません。

思い切って一歩を踏み出し、そして、みことばを読み続けるとき、神様は私たちにようやく、語りかけます。その声は恐れを忘れさせます。神様のみことばを聴き続けること以外、解決の道はありません。

私たちは案外、恐れに慣れてしまい、さらに深い恵み、自由があることに気がつきません。


「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。恐れには罰が伴い、恐れる者は、愛において全きものとなっていないのです。」      ヨハネの手紙第Ⅰ4:18


恐れから解放されるために、一歩を踏み出しましょう。

間違いなく、私たちの人生は、そして、心は変わっていきます。

人間関係、私たちの人生も大きく変化していきます。



*1

ヨハネの手紙Ⅰ 4章16節~21節

4:16 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。

4:17 このことによって、愛が私たちにおいても完全なものとなりました。それは私たちが、さばきの日にも大胆さを持つことができるためです。なぜなら、私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。

4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。

4:20 神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。

4:21 神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。


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