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2021年上半期の感謝をイエス様に

2021年7月4日 メッセージ要約



コロナ禍に悩まされた2021年でしたが、半年が過ぎました。

皆様、年頭に与えられた聖句を覚えておられるでしょうか。どこかでこの半年間

を聖句を中心に振り返ってみてはいかがでしょうか。試練・困難・悲しみ・そして感謝を書き出してみて、与えられた聖句を中心に神様がこれらの状況を通して何を私に語ろうとしておられたのか、また、どうしてこの聖句が与えられたのかの意味づけをしておくと2021年後半の目標、課題が見えてきます。

その前に、先週の永島さんのお証の中に病を癒されて戻ってきた1人になったつもりで、イエス様ご自身に上半期の感謝をささげたいと思います。


イエス様に何の感謝を捧げたらよいでしょうか。それはイエス様が私の罪のために苦しまれたことの感謝です。

今日の聖書個所にはイエス様の御苦しみが沢山書かれています。

① 最後の晩餐―十字架を理解していない弟子たちからくる孤独

② ペテロのプライドー言葉を受けいれてもらえない残念さ

③ 死にたくなるほどの十字架の悲しみ

④ イエス様の心に寄り添えない3弟子。孤独

⑤ 避けたいのに避けられない十字架

⑥ 応えられない祈り

⑦ 愛した弟子の裏切り

私が単純に数えただけでも7つあります。イエス様が私たちのために担ってくださった苦しみに対して感謝をささげたいと思います。

私たちも大きな試練に見舞われることがあります。そして、試練が重なる経験をされていると思います。

 私たちは度重なる試練の中、動けなくなることがあります。これは、聖書とは関係のない話ですが、「疲れたら動け」という本があります。

順天堂大学医学部教授の小林弘幸医師が書いたものです。この医師は自律神経の第一人者です。本の内容はこうです。


「疲れ」には「良い疲れ」と「悪い疲れ」があります。

「良い疲れ」とは「肉体的な疲れ」のことです。趣味のスポーツをした後の筋肉痛、あるいは職場の仲間と団結して、迫り来る納期を乗り越えた後の疲れ、あるいは休日に子どもたちと全力で遊び、その寝顔を見た後に感じる身体の重さ、重い課題の中祈りつくして、感じるだるさ等は「よい疲れ」です。


一方、悪い疲れとは何でしょうか。「職場の上司とうまくいかない」

「上司と部下の間の板挟みになって悩みが尽きない」「仕事を頼まれたら断れず、自分のスケジュールが後回しになる」

「職場にも家庭にも居場所がない」「子育て、介護が重なって自分の時間がほとんどとれない」 こうした原因からくる精神的な煮詰まり感が「悪い疲れ」です。


この悪い疲れが溜まると、私たちは横になって休もうとします。しかし、沢山寝たわりにはすっきりしないことが多々あります。そして、さらに、もう少し休まないと疲れが取れないと思い横になります。その結果、停滞した血液が滞り、脳に溜まった疲労物質が取れない状態になり、慢性的な疲れに移行していく・・と。小林医師は言います。


私にも思い当たることが沢山あります。


では、「悪い疲れ」に対する対処方法は何かです。

慢性疲労に落いる負のスパイラルに入らないために、

アクティブレスト(積極的休養)を取ることが大事と小林医師は言います。

寝だめしようとせず、なるべくいつもと同じ時間に起床・就寝する

事前にいくつかの予定を入れておく。

予定を自発的に立てて、自発的に行う。

これをすることで体内の血流がよくなり、疲労物質が体外に出る。


イエス様も「悪い疲れを7つもためながら」こうおっしゃいます。

「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。立ちなさい。さあ、行こう。見なさい。わたしを裏切る者が近くに来ています。」

マルコ14:42

「立ちなさい。さあ、行こう。」が今日のメッセージです。

コロナ禍の中、思うように事が進まない、また、試練の中で動けない、

あるいは、職務の責任の重さ、あるいは失敗、私たちの信仰を休ませようとする働きが満ちています。私たちはこういう時こそ、イエス様に祈ります。こういう時こそ、聖書を読みます。こういうときだからこそ、イエス様を信じます。


そして、もう一つはたくさんの重荷を負って十字架に向かわれたイエス様に心一杯の感謝をささげたいと思います。私の罪のために、くじけそうになっても十字架に向かわれたイエス様に感謝をささげて聖餐式に臨みます。



*1 マルコの福音書 14章22節~42節

14:22 それから、みなが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、彼らに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしのからだです。」

14:23 また、杯を取り、感謝をささげて後、彼らに与えられた。彼らはみなその杯から飲んだ。

14:24 イエスは彼らに言われた。「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。

14:25 まことに、あなたがたに告げます。神の国で新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」

14:26 そして、賛美の歌を歌ってから、みなでオリーブ山へ出かけて行った。

14:27 イエスは、弟子たちに言われた。「あなたがたはみな、つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる』と書いてありますから。

14:28 しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。」

14:29 すると、ペテロがイエスに言った。「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません。」

14:30 イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います。」

14:31 ペテロは力を込めて言い張った。「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」みなの者もそう言った。

14:32 ゲツセマネという所に来て、イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈る間、ここにすわっていなさい。」

14:33 そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネをいっしょに連れて行かれた。イエスは深く恐れもだえ始められた。

14:34 そして彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、目をさましていなさい。」

14:35 それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、

14:36 またこう言われた。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」

14:37 それから、イエスは戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「シモン。眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか。

14:38 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

14:39 イエスは再び離れて行き、前と同じことばで祈られた。

14:40 そして、また戻って来て、ご覧になると、彼らは眠っていた。ひどく眠けがさしていたのである。彼らは、イエスにどう言ってよいか、わからなかった。

14:41 イエスは三度目に来て、彼らに言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。もう十分です。時が来ました。見なさい。人の子は罪人たちの手に渡されます。

14:42 立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」

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