2021年の決意

2021年1月1日

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。昨年の今日、皆さんで集合写真を撮りました。私は今頃、皆さんに、さかんに言っていたことを 12 月 30 日の加藤家の集会で思い出しました。「 2020 年の今年は本当に良い年になりますよ」と。ところが、 2 月に中国の武漢から発生した新型コロナによって、大いに悩まされる年になりました。偽預言者であったと思っています。

しかし、一時会堂で礼拝が行われなくなりましたがほぼ通常のプログラムがなされたと思います。また、世界中が悩みの中にある、経済的な低迷が今も続き 、自死する方が例年になく、多くなりました。し

かし、上田教会の自営業の方々は不思議と守られていると思いました。

むしろ、 2019 年の方が危機的な状況であったのではないかと、思う方もおられます。コロナ禍の中にあって祝福されているという方もおられます。しかし、ご家族を天にお送りするという悲しい出来事の中、まだまだ、心が癒えておられない方もいらっしゃいます。また、進行性の病の中におられる方、お仕事や家族の関係で会堂に来て礼拝を守ることが難しい方もおられます。 2 月下旬には、ワクチンの接種が医療従事者の方から始まりますが ・・・収束への道半ばです。

そのような中、2021 年上田教会に与えられたおことばは、「恐れないで、ただ信じていなさい。」です。このおことばは、マルコの福音書の 5 章の記事です。非常に痛ましい出来事の中、イエス様のおことばです。小さな娘さんが非常に重い病の中におられて、一刻も早く、家に来て癒して欲しいと、親が懇願します。しかし、 12 年、出血性の病で苦しんでいた女性が、その道を阻みます。


私たちの身体はとても繊細に出来ています。呼吸が止まって、3 分間脳に血液が行かないと、脳細胞が壊死して、元に戻ることはありません。ですから、一刻を争うのに、イエス様は立ち止まり、「誰かがわたしの衣にさわった。」と訳の分からないことを言い出し、女性が現れ、告白し、「安心して行きなさい」と言うまで、約、何分時間をロスしただろうかと思います。そんなに、まったりと、ゆっくりとした救急の医療現場はありません。そして、悲しい報告が入ってきます。「あっ。間に合わなかった。」万事休すです。その時のイエス様のおことばです。

「恐れないで、ただ信じていなさい。」です。頭が真っ白になっている父親に向かってのイエス様のおことばです。それでも、イエス様は、父親の家に向かって歩いています。表情一つ変えずに。父親は言いま

す。「イエス様、もう結構でございます。ありがとうございました。」と言ったかもしれません。イエス様はおっしゃいます。「恐れないでただ信じていなさい。」と。このおことばは私たちにはよくわからないことばです。でも、イエス様には静かな確信があります。


確信はこの世で最も大切なものである

① 確信がなくては人の心を動かすことが出来ません説教でも、ふつうの話でも聞いていてすぐに気がつくことは、本当の信念から出た誠実さがあるかどうか。イエス様にはありました。


② 確信がなくては力が湧いてこない自分のゆく方向をしかと知っており、自分の正しさについていささかも疑っていない人は、本当の力を持った人である。自分について確信を持っている人は社会全体を一人で引っ張っていくことができる。イエス様はそのような確信を持っておられます。


③ 確信なくして平和はない。

同時に二つの方向に引っ張られている人間に平和はない。まず、腹を決めること、これが平和の第 1 条件である。イエス様は私たちの罪に向かうために十字架への道に腹をくくって おられました。


④ 確信失くしては慰めもない

「神を見る」ことができるなら、私たちは他に何も心配することがない境地に入って行きます。さらに、その境地は確信と慰めと平和にいたる道です。


2021年、常に確信に満ちたイエス様についいて行きましょう。私たちは言います。「イエス様、もう結構です」イエス様はおっしゃいます。「恐れないで、ただ、信じていなさい」と。

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