9月2日 神へのいけにえは砕かれた霊

 この詩篇はサムエル記第Ⅱ11章から始まるダビデの大きな失敗が背景になっています。ダビデは主な家来とイスラエルの全軍を敵地へ送ります。しかし、ダビデは一人エルサレムにとどまっていました。罪は時間とゆとりがある時、私たちを特に狙います。何かに集中して忙しい時、罪から守れますが、何もすることがない時は危険です。ダビデもそのような状況の中で罪を犯します。

 罪は人間の知恵や力ではどうすることもできないものです。罪は私たちの血の中に流れています。わざわざ訓練されなくても、教えられなくても、父祖伝来、私たちの中にあるものです。

 この世の中で最も美しい姿は、人が神様の前に罪を告白する姿です。「私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています。・・私は本当にみじめな人間です。」とパウロはローマ書7章で告白しています。ダビデも3節で「まことに、私は自分の背きを知っています。私の罪は いつも私の目の前にあります。」と告白しています。ルカの福音書18章で取税人の祈りをイエス様が評価された記事からも分かります。

 人は心の本音と建て前が違うものです。理想を知る建て前の心は、愛、きよさ、分け与えること、信じることを求めます。しかし、本音は自分の利益、自分の栄光を求め、ねたんだり、ひがんだり、怒ったり、むさぼったりします。解決はどこにあるのでしょうか。それは、人にはありません。神の中にあります。私たちがイエス・キリストの十字架を見上げるとき、罪が解決されます。イエス様を信じるとき、本音と建て前は一つにされ、どんな所でも一つとされた心でやっていける人に造り変えられていきます。「神へのいけには 砕かれた霊。打たれ 砕かれた心。神よ あなたはそれを蔑まれません。」詩篇51篇17節

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