神様の導き


2021年9月12日 メッセージ要約


ヨナ書 1章4-17節  *1


今日はヨナ書の2回目です。先週は神様と人のすれ違いについて「自由意志」についてお話ししました。神様を私たちが自由意志をもって神様を愛することを望んでおられます。しかし、私たちは神様とは逆の方向に向かいやすいです。それが「罪」です。イエス様はその罪を贖うために十字架に向かわれました。そのことを思いめぐらしました。

 

 神様はそれでも、一つの目的を達成するためにあきらめない方です。

神様は私たちの自由意志を尊重されます。しかし、滅びる人を憐れみ何とかして助けたいとも思われます。

4節「ところが、主が大風を海に吹きつけられたので・・」とあります。とても興味深いおことばです。


 私たちはたくさんの自然災害に遭遇します。その原因は全てが神様とは限りません。温暖化が原因であったり、自然の法則もあります。しかし、ヨナ書の嵐の原因は神様でした。5節、水夫たちは恐れて・・

ベテランの船乗りが沢山いたと思います。その人々が経験したことのない大きな嵐だったことが推測されます。それぞれの神に祈ったとあります。しかし、6節ヨナはやはり、大物でした。神様の愛を知っていたのでゆったりとして休んでいました。船長は慌てて、ヨナが信じている神様に祈れと要求します。


 そして、異常な風と雨と海の中、船長は決断します。この嵐は自然界のものではなく、この中の誰かが原因で起きていると。そこで、くじを引きます。「くじ」と言うと、私たちは軽く考えがちです。しかし、旧約聖書には「くじ」で大切なことを決めた記事が沢山出てきます。ヨシュア記のアカン事件、サムエル記第Ⅰの10章20節サウロ王様の人選、14章41節のヨナタンの事件・・その他、73か所出てきます。この時代「くじ」は「神様の導き」を知るのに有効な手段でした。

「くじ」はヨナに当たりました。

ヨナは天地を造られた神様を信仰していることを告白し、

自分を海に投げ込むよう要求します。まさかそんなことも出来ずに13節、船長はじめ、船乗りたちは船を陸に戻そうとこぎ始めます。しかし、海はますます荒れはじめます。そして、父なる神さまを知らない船乗りたちは、神様にいのります。「ああ、主よ、・・」14節。

そしてヨナを海に投げ込むという苦渋の決断をして実行しました。するとたちまち、何をしても荒れていた海は静かになりました。15節

そして、人々は生ける父なる神さまに誓願を捧げました。ヨナは大きな魚に呑まれます。


 この嵐の意味は何でしょうか。それは、4章11節に記されています。「ましてわたしは、この大きな都ニネべを惜しまないでいられるだろうか。そこには、右も左も分からない12万人以上の人間と、数多くの家畜がいるではないか。」です。


神様はニネべの人々と家畜の救いを考えておられました。その救いが達成されるのであれば、ヨナを宣教に召し、さらに嵐をもいとわない神様であるとみるとが出来ます。


皆さんがクリスチャンになった時、あるいは、なろうとする時、十字架を信じ喜びに満たされる一方で、自分は他の人とは違う存在になった、あるいは周囲からそう見られる、不安感と孤独感という嵐を通過されたと思います。


私もそうでした。さらに、大変だったのは、直接献身をする時は大嵐でした。父はすでに天国に行き、母と私と妹と弟、すでに皆社会人ですから経済的な心配はありませんでした。しかし、特に母親は悲しそうでした。私が献身の話をしたとき、3日くらい話が出来ない状態でした。親戚にはクリスチャンが何人いました。祖母や、叔母は喜んでくれましたが、絶対に長続きしないあるいは、やっていけないと言われました。さらに、職場もシビアでした。本院から烏山町の病院に派遣されて3年目で、来年は本院に戻ることになっていた年でした。納得する人は少なかったと思います。しかし、私は自分がいる場所は病院ではないという心の中でのうなずきがありました。


一番大変だったのは実は教会でした。数年間受け入れてもらえずに、とうとうインマヌエルを離れて、他教団から献身する決断をしました。しかし、それは御心ではないと示されて、お詫びをして看護師を続けることにしました。しかし、それから半年後、不思議なように神学院に導かれました。今、このように奉仕していることはその当時は全く予測も出来ませんでした。


神様はニネべを惜しむお方です。つまり私たちの救い、私たちの家族の救い、あるいは友人の救い、あるいは近所の方々の救い、そして、上田市、長野県、さらに日本、世界中の人々の救いのためには、嵐を起こされます。


今週もたれる聖書とティータイムで読んでいる塩狩峠には、信仰のために、幼いこどもを手放さなければならなかった主人公の母親の姿が出てきます。聖書にも、イエス様の母となったマリア、モーセ、さらに創世記のヨセフ、あるいはパウロ、皆、嵐を経験しています。


しかし、心配には及びません。それは、この嵐の主導者は神様です。

4節.ところが、主が大風を海に吹きつけられたので・・

17節、主は大きな魚を備えて、ヨナを吞み込ませた。

私たちをこよなく愛する神様は必ず良い方向に私たちを導きます。


 次回は嵐の中で、私たちはどのような態度で臨むのかを2章を通して見て行きたいと思います。




*1 ヨナ書 1:4-17

1:4さて、【主】は大風を海に吹きつけられた。それで海に激しい暴風が起こり、船は難破しそうになった。

1:5 水夫たちは恐れ、彼らはそれぞれ、自分の神に向かって叫び、船を軽くしようと船の積荷を海に投げ捨てた。しかし、ヨナは船底に降りて行って横になり、ぐっすり寝込んでいた。

1:6 船長が近づいて来て彼に言った。「いったいどうしたことか。寝込んだりして。起きて、あなたの神にお願いしなさい。あるいは、神が私たちに心を留めてくださって、私たちは滅びないですむかもしれない。」

1:7 みなは互いに言った。「さあ、くじを引いて、だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったかを知ろう。」彼らがくじを引くと、そのくじはヨナに当たった。

1:8 そこで彼らはヨナに言った。「だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか、告げてくれ。あなたの仕事は何か。あなたはどこから来たのか。あなたの国はどこか。いったいどこの民か。」

1:9 ヨナは彼らに言った。「私はヘブル人です。私は海と陸を造られた天の神、【主】を恐れています。」

1:10 それで人々は非常に恐れて、彼に言った。「何でそんなことをしたのか。」人々は、彼が【主】の御顔を避けてのがれようとしていることを知っていた。ヨナが先に、これを彼らに告げていたからである。

1:11 彼らはヨナに言った。「海が静まるために、私たちはあなたをどうしたらいいのか。」海がますます荒れてきたからである。

1:12 ヨナは彼らに言った。「私を捕らえて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。わかっています。この激しい暴風は、私のためにあなたがたを襲ったのです。」

1:13 その人たちは船を陸に戻そうとこいだがだめだった。海がますます、彼らに向かって荒れたからである。

1:14 そこで彼らは【主】に願って言った。「ああ、【主】よ。どうか、この男のいのちのために、私たちを滅ぼさないでください。罪のない者の血を私たちに報いないでください。【主】よ。あなたはみこころにかなったことをなさるからです。」

1:15 こうして、彼らはヨナをかかえて海に投げ込んだ。すると、海は激しい怒りをやめて静かになった。

1:16 人々は非常に【主】を恐れ、【主】にいけにえをささげ、誓願を立てた。

1:17 【主】は大きな魚を備えて、ヨナをのみこませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた。

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