神の御前に心安らかに

2021年5月16日

ヨハネの手紙第Ⅰ3章11節~24節


今日の箇所の大切なおことばは「子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。」(18節)です。

そうすれば、真理に属していることを知り、神の御前に心安らかでいられます。さらに要約するならば、「真実に兄弟を愛することができれば、神の御前に心安らかでいられます。」です。

先週は私たちクリスチャンには「神の種」がたましいに宿っていることをお話ししました。つまり、私たちはイエス様の遺伝子を持っている神の家族に生まれたものの集まりです。

神にある家族ですが、きっとすべての人に対して同じように好意を持つことは難しいですしょう。また、「好意を持つ」と「愛する」は違います。「好意を持つ」とは心が惹きつけられることです。自分の気持ちにぴったりと合う様です。「愛する」とはオレノ・ディルフェ(南フランスの小説家・恋愛心理の分析において大きな影響を与えた)の定義では、自分を殺して相手の中に生きること、です。

「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」3:16


では、具体的に自分を殺して相手の中に生きる、または、自分のいのちを捨てるとはどういう意味でしょうか。それは、相手のことを優先することです。相手のことを先に考えることです。そこには必ず、犠牲が伴います。

先週の金曜日に「タイタニック」の映画が放送されていました。タイタニック号事件は現実に起こったことですが、映画の内容はフィクションだと思います。が、素晴らしい恋愛話です。貧しい、田舎の絵描きの青年が身分の高い女性に一目ぼれします。しかし、この女性には婚約者がいました。この結婚を成立させなければ自分の家が破産してしまう、つまり、政略結婚です。そこに愛はありません。そんな女性が絵描きの男性の猛烈なアタックにより恋に落ちていきます。真実に、女性を愛してくれる絵描きの男性に女性は惹かれていきます。永遠の愛を誓います。ところが、その6時間後、タイタニック号が氷山にぶつかります。絵描きの男性は命を懸けて、冷たい水の中に入り、彼女のことを守り亡くなっていきます。イエス様も同じように私たちのために冷たい十字架の刑に向かっていかれました。

私たちは思います。自分は愛する人のために、あるいは教会の兄弟姉妹のために真実にいのちを投げ出す犠牲的な真実な愛をもっているだろうか?と悩み、愛のなさに苦しむことがあります。

20節にこんなおことばがあります。「たとえ自分の心が責めたとしても、安らかでいられます。神は私たちの心よりも大きな方であり、すべてをご存じだからです。」さらに21節「愛する者たち。自分の心が責めないなら、私たちは神の御前に確信を持つことができます。」さらに、さらに22節「そして、求めるものを何でも神からいただくことができます。」先週、お話しした「神の種」が私たちの内側にあるので、私たちが行いと真実をもって人を愛することができるように、神様が導いてくださるのです。ただし、熱心に願うならば、という条件が付きます。心配は要りません。

真実に人を愛することができる条件はなんでしょうか。

①  自分は真理に属していると信じること

②  キリストが命じられたとおりに互いに愛し合うことができると信じること

③  それゆえ、神の御前に心安らかでいられること

まず、信じること。信じると神の種が作動し、そして、人を真実に愛することができます。その結果、神様の前に私たちは安らかに憩うことができます。

信仰が先、すると、イエス様の愛がついて来ます。心配せずに信じ

ましょう。


今週のおことば

「子どもたち。私たちは、ことばや口先だけでなく、行いと真実をもって愛しましょう。そうすることによって、私たちは自分が真理に属することを知り、神の御前に心安らかでいられます。」  ヨハネの手紙第Ⅰ3章18、19節


ヨハネの手紙Ⅰ 3章11~24節

3:11 互いに愛し合うべきであるということは、あなたがたが初めから聞いている教えです。

3:12 カインのようであってはいけません。彼は悪い者から出た者で、兄弟を殺しました。なぜ兄弟を殺したのでしょう。自分の行いは悪く、兄弟の行いは正しかったからです。

3:13 兄弟たち。世があなたがたを憎んでも、驚いてはいけません。

3:14 私たちは、自分が死からいのちに移ったことを知っています。それは、兄弟を愛しているからです。愛さない者は、死のうちにとどまっているのです。

3:15 兄弟を憎む者はみな、人殺しです。いうまでもなく、だれでも人を殺す者のうちに、永遠のいのちがとどまっていることはないのです。

3:16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

3:17 世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、あわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょう。

3:18 子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。

3:19 それによって、私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです。

3:20 たとい自分の心が責めてもです。なぜなら、神は私たちの心よりも大きく、そして何もかもご存じだからです。

3:21 愛する者たち。もし自分の心に責められなければ、大胆に神の御前に出ることができ、

3:22 また求めるものは何でも神からいただくことができます。なぜなら、私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行っているからです。

3:23 神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。

3:24 神の命令を守る者は神のうちにおり、神もまたその人のうちにおられます。神が私たちのうちにおられるということは、神が私たちに与えてくださった御霊によって知るのです。


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