最初の祭壇


2022年2月6日 メッセージ要約

創世記12章5~9節 *1

ウルから信仰の旅に出たアブラハム。神様を真実な方と信じて出発します。アブラムは神様から祝福をいただきます。アブラムと神様との個人的な関係性の祝福です。アブラムを祝福する者を祝福し、アブラムを呪う者を呪うという個人的な祝福です。そして、カナンの地へ向かう「第1歩」を踏み出します。

カナンの地に着きますとそこには、カナン人がいました。さらに「モレの樫の木」「モレ」とは占うという意味です。カナン宗教の聖木です。日本の神社には大きな御神木があります。ここで、神様の約束は本当に実現するのだろうか?とアブラムは疑ったかもしれません。父なる神様はアブラムに語ります。「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える。」と。ヨハネの黙示録2章13節に「わたしは、あなたが住んでいるところを知っている。そこにはサタンの王座がある。しかしあなたは、わたしの名を堅く保って、わたしの確かな証人アンティパスが、サタンが住むあなたがたのところで殺されたときでさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった。」とあります。

日本の神社、仏閣に囲まれながら私たちは細々と生きています。圧倒的少数派です。ともすると、キリスト教もいいけど、仏教もいいな、と足元を救われそうになります。そのような中に置かれたとしても、溺れそうになった人が一生懸命にロープにすがりつくように、信仰を守りなさいと父なる神様はアブラハムに言ったかもしれません。

「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える。」と。さらに、「わたしは、あなたが住んでいるところを知っている・・そこにはサタンの王座がある。・・」と。

信仰とは何でしょうか?

信仰とはその場所を離れないこと、カナン人がおり、カナンの宗教の聖木があるような場所であっても、神様の約束がここにあるならば、その土地を離れてはいけません。

信仰とは神様の約束を信じて待つことです。しかも、希望を持って待つことです。エレミヤ29章4~7節。希望を持ち、そこで家族を持ち、仕事をし、その町の平安のために神様に祈り続けることです。待つとはじっとしていて何もしないことではなくて、希望を持ちながら生活することです。

信仰とは神様の約束を度々確認することです。7節-主はアブラムに現れて言われた。「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える。」アブラムは、自分に現れてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。これは、アブラムが造った最初の祭壇です。

私たちは日曜日毎に集まり礼拝をします。それは、イエス様の十字架によって、罪が赦され、天国へ行く者と変えてくださったことを確認し、神様を敬い、感謝をささげ、未来への希望を確かなものとするために、毎週、神様の前に出て、癒されて、励まされて前進いたしましょう。


現在、私たちはオミクロンの猛威の中、会堂での礼拝を守ることができない苦しい現状の中にいます。私たちはその苦しみから逃げることがないようにしたいと思います。

① にありますように信仰とはその場所を離れないことです。その場所は辛く、苦しい場所かもしれません。会堂に集まれない状況の中、苦しい場所から逃げようとすると苦しくなります。その場所から離れずにいましょう。

② 神様は2022年私たちの教会にみことばを与えてくださいました。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み全きものであれ。」と。神様は全能で、この状況をよくご存じです。私たちはこの苦しい状況の中、慌てず、不平、不満から守られて落ち着いて毎日を送ることを神様は私たちに求めておられます。

③ オミクロンの猛威の中でも定期的に礼拝をささげましょう。祭壇を築く時、私たちは不思議と心が守られます。この試練を正しい心で通過できますように祈ります。


*1 創世記 12章5~9節

12:5 アブラムは妻のサライと、おいのロトと、彼らが得たすべての財産と、ハランで加えられた人々を伴い、カナンの地に行こうとして出発した。こうして彼らはカナンの地に入った。

12:6 アブラムはその地を通って行き、シェケムの場、モレの樫の木のところまで来た。当時、その地にはカナン人がいた。

12:7 そのころ、【主】がアブラムに現れ、そして「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える」と仰せられた。アブラムは自分に現れてくださった【主】のために、そこに祭壇を築いた。

12:8 彼はそこからベテルの東にある山のほうに移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は【主】のため、そこに祭壇を築き、【主】の御名によって祈った。

12:9 それから、アブラムはなおも進んで、ネゲブのほうへと旅を続けた。




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