尽きることのない神様の憐れみ


2021年10月3日 メッセージ要約


ヨナ書 3章1-10節  *1

イスラエルをいつも苦しめているニネべを救おうと神様はヨナをニネべに派遣します。しかし、ヨナはそれをどうしても受け入れることが出来ずに、ニネべとは逆の方向に向かいます。憐れみ深い神様は一度はヨナの拒否を受け入れたかのように思いましたが・・。どうしてもニネべの人々を諦めることが出来ない神様は嵐を起こされてヨナを魚の腹の中に導き、ヨナはそこで、神様を思い出します。死の淵の中で神様を仰ぎます。人間のいのちの限界の72時間ギリギリでヨナは陸に戻されます。

 そして、3章に入ります。神様はもう一度、改めてヨナに命じます。「立ってあの大きな町ニネべに行き、わたしがあなたに伝える宣言をせよ。」と。神様のみ旨と反対方向に行き、嵐に遭い、魚に呑まれ、3日3晩過ごしました。その日からニネべに向かうまで時間があったのか、全くなかったのか聖書には書いてありません。


 ヨナはマイナスからのスタートでした。ヨナのことは船に乗っていた船乗りたちが多くの人に話したことでしょう。ヨナは「御心に従わなかった人」というレッテルが貼られていたかもしれません。魚の中で祈り神様に出会い、スッキリとしてヨナはニネべに向かったとは思えません。4章1節を見ると分かります。精神的にも、健康的にも良い状態ではなかったと予測が出来ます。そんなヨナに神様は酷な命令をします。「ニネべに行け」です。その前に「立って」というおことばがあります。


「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようとも心を燃やせ、歯を食いしばって前を向け、君が足を止めてうずくまっても、時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない。」

これは、鬼滅の刃という映画で最期を迎える剣士が主人公にあてたことばです。ヨナもこの主人公と同じ気持ちだったのではないでしょうか。憐れみ深いお方ですが、私たちにも酷と思える問題・課題の中に置くことがあります。2ヶ月間も会堂に集まれなかったことも私たちにはとても苦しいものがありました。そして、この苦しみは終わってはいません。私たちは、自分の不甲斐なさ、弱さに立ち止まってしまうことがあります。そんな私たちに神様は「立ちあがって」とことばをかけてくださる方であることを覚えたいと思います。


ヨナは神様のおことばに今度は従います。


私たちが自分の弱さ、あるいは不甲斐なさの中にうずくまっている時も時間は流れて行きます。しかし、疲れを取るためにはその時間が必要なときもあります。それでも時間の流れの中に自分を置き、逆行して立ち上がり、仕事をし、家事にいそしみ、果たすべきことを果たす時、私たちの感情、意志は神様の御心に「統合」されていきます。さらに強く生き抜く力が与えられます。


インマヌエル教団はウェスレーのメソジズムの流れを汲んでいます。メソジズムとは規則的に生活することです。決まった時間に聖書を読み、決まった時間に祈り、決まった時間に仕事をする。堅苦しく思う時もありますし、仕事の量が多い時や、疲れている時は、規則正しい時間に行動することが難しくなります。しかし、メソジズムは私たちの感情、意志、を神様のみこころに導き、成長したクリスチャンとして私たちを「統合」された状態に導いてくれます。


「統合」されていく時、己の弱さ、不甲斐なさにあっても、必要以上に、自分の感情や弱さの中に落ちていくことから守られます。私たちは、弱い人間です。自分の弱さばかりを見つめて動かないと、自然と弱さに引きずり込まれていきます。ですから、「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようとも心を燃やせ、歯を食いしばって前を向け、君が足を止めてうずくまっても、時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない。」このことばは聖書的であると言えます。御心に従おうとする時、自分の心、願い、思いに逆行することになります。


ヨナは叫びます。「あと40日すると、ニネべは滅びる。」と。ヨナの行動は神様の御心と「統合」していきました。神様の御心に従い行動できました。しかし、その「結果」は私たちのものではなく神様のものです。御心だと思い伝道しても1人も救われない時もあります。あるいは、逆に誤解されたり、悪く思われたりします。けれども、「結果」は神様のものです。私たちは1パーセントの努力をしましょう。そして、99%の信仰でお委ねしましょう。このスタンスで行く時、失敗しても落ち込む必要はありません。また、成功しても自分の手柄とはなりません。神様が与えてくださった恵みです。


ヨナの伝道の結果、ニネべの王は王服を脱ぎすてて粗布をまといます。身分の高い人から家畜にいたるまで悔い改めました。10節、「神は彼らの行いを、すなわち、彼らが悪の道から立ち返ったのをご覧になった。そして神は彼らに下すと言ったわざわいを思い直し、それを行われなかった。」


神様はヨナが嫌っていたニネべを憐れみました。また、神様の御心に従わないヨナを嵐に遭わせ、魚の腹の中に導き、そして、再度ニネべに遣わしました。ヨナは御心に従い、一皮も二皮も成長し、そのことばはニネべの人々に届くメッセージとなりました。神様のニネべとヨナに対する憐れみは尽きることがありません。そして、今の苦しい現状にいる私たちにもヨナと同じように憐れんでくださいます。


「立ってあの大きな町ニネべに行き、わたしがあなたに伝える宣言をせよ。」



*1 ヨナ書 3:1-10

3:1 再びヨナに次のような【主】のことばがあった。

3:2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、わたしがあなたに告げることばを伝えよ。」

3:3 ヨナは、【主】のことばのとおりに、立ってニネベに行った。ニネベは、行き巡るのに三日かかるほどの非常に大きな町であった。

3:4 ヨナはその町に入って、まず一日目の道のりを歩き回って叫び、「もう四十日すると、ニネベは滅ぼされる」と言った。

3:5 そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。

3:6 このことがニネベの王の耳に入ると、彼は王座から立って、王服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中にすわった。

3:7 王と大臣たちの命令によって、次のような布告がニネベに出された。「人も、獣も、牛も、羊もみな、何も味わってはならない。草をはんだり、水を飲んだりしてはならない。

3:8 人も、家畜も、荒布を身にまとい、ひたすら神にお願いし、おのおの悪の道と、暴虐な行いから立ち返れ。

3:9 もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りをおさめ、私たちは滅びないですむかもしれない。」

3:10 神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。


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