その話は何のことですか?


2022年4月17日 メッセージ要約

ルカの福音書24章13~34節 *1

イースターおめでとうございます。

復活の主を心から賛美いたします。

 十字架の後、イエス様の二人の弟子がエルサレムからエマオという村に向かっていました。13節。エルサレムからエマオ村まで約11㎞。

何のためにエマオに向かっていたのかは不明です。もしかすると、イエス様を中心とした福音の働きは終わってしまったと思い、故郷へ帰ろうとしたのかもしれません。


 復活されたイエス様はこの二人の弟子にそっと近づいて行かれ、声をかけます。「歩きながら語り合っているその話は何のことですか?」と。二人は暗い顔をして立ち止まります。17節。


 そして、クレオパが言います。「エルサレムにいる人はみんな、知っていますよ。あなたは知らないのですか?大変な事件があったことを」と。イエス様に向かって少し怒っていたかもしれません。それでも、イエス様はこの二人に寄り添われ話を聞き続けます。


 さらに、モーセの事、預言者の事、ご自分について聖書全体に書かれていることを解き明かされます。さらに、2人と一緒に宿に入り、パンを取り、神をほめたたえて、パンを裂いて彼らに渡されます。

すると、イエス様だと2人は気がつきました。その瞬間イエス様の姿は見えなくなります。2人の弟子たちの心は以前のように内側で燃やされて、急いで2人はエルサレムに引き返しました。


 私たちは今、イースター礼拝をしています。讃美を歌い、祈り、メッセージに耳を傾けています。けれども、どのくらい本気で、あるいは本当のこととして復活されたイエス様を信じているでしょうか?私はどのくらい復活の事実を現実味を帯びて語っているでしょうか?

復活のことは知ってはいても、現実のこととして捉えているでしょうか?イエス様が復活されて今も生きておられることを知っていながら、暗い顔つきで毎日を生きていないでしょうか?さらに、信仰の話はよく聴くが、試練があまりにも大きくてイエス様が復活されていないかのように試練・問題・課題に囚われてしまうことがないでしょうか?


イエス様は私たちにそっと近づかれます。そして、「その話は何のことですか?」とお聞きになります。私たちはつい、こう答えます。「あなたはご存知ないでしょう。私は○○で苦しんでいます」と。全てをご存知のイエス様に向かって私たちは答えてしまいます。・・・


今日はイースターです。十字架上で尊い血潮を流されて、私たちの罪を贖ってくださり、3日目に復活されて今も生きておられるイエス様を本気で信じたいと思います。しかし、残念ながら弟子たちはイエス様の復活を信じることができませんでした。


 私たちはどうでしょうか?コリント人への手紙第Ⅰ15章44節にはこう記されています。「血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです。血肉のからだがあるのですから、御霊のからだもあるのです。」とあります。


御霊のからだとは何でしょうか?Ⅰコリント15章50節から、御霊のからだは神の国を想像するからだです。52節私たちは朽ちないものによみがえるとあります。私たちは死ぬべき血肉のからだを持っていますが、死なない朽ちないものを着るとあります。


まさしく「死は勝利に呑み込まれた」とあるとおりです。


「その話は何のことですか?」と、イエス様に質問された時に、イエス様だとすぐに分かるようになりたいものです。そして、聖書は私たちにイースターのメッセージを語ってくださいます。


「ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。」と。


 私たちはやがて朽ちないものとなります。今の労苦は全て主にあって益に変えられていきます。復活のイエス様に感謝しましょう。


 

*1 ルカの福音書24章13~34節

24:13 ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから十一キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。

24:14 そして、ふたりでこのいっさいの出来事について話し合っていた。

24:15 話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。

24:16 しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。

24:17 イエスは彼らに言われた。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」すると、ふたりは暗い顔つきになって、立ち止まった。

24:18 クレオパというほうが答えて言った。「エルサレムにいながら、近ごろそこで起こった事を、あなただけが知らなかったのですか。」

24:19 イエスが、「どんな事ですか」と聞かれると、ふたりは答えた。「ナザレ人イエスのことです。この方は、神とすべての民の前で、行いにもことばにも力のある預言者でした。

24:20 それなのに、私たちの祭司長や指導者たちは、この方を引き渡して、死刑に定め、十字架につけたのです。

24:21 しかし私たちは、この方こそイスラエルを贖ってくださるはずだ、と望みをかけていました。事実、そればかりでなく、その事があってから三日目になりますが、

24:22 また仲間の女たちが私たちを驚かせました。その女たちは朝早く墓に行ってみましたが、

24:23 イエスのからだが見当たらないので、戻って来ました。そして御使いたちの幻を見たが、御使いたちがイエスは生きておられると告げた、と言うのです。

24:24 それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、はたして女たちの言ったとおりで、イエスさまは見当たらなかった、というのです。」

24:25 するとイエスは言われた。「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。

24:26 キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光に入るはずではなかったのですか。」

24:27 それから、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた。

24:28 彼らは目的の村に近づいたが、イエスはまだ先へ行きそうなご様子であった。

24:29 それで、彼らが、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから」と言って無理に願ったので、イエスは彼らといっしょに泊まるために中に入られた。

24:30 彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。

24:31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。

24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」

24:33 すぐさまふたりは立って、エルサレムに戻ってみると、十一使徒とその仲間が集まって、

24:34 「ほんとうに主はよみがえって、シモンにお姿を現された」と言っていた。

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